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  • ztommots

2020.1.10

 断捨離も兼ねて、使わないものをメルカリに出品しまくっている。

ゴミのような壊れた電化製品、捨てるに捨てれないエレキギターの部品、パソコンから取り外したメモリー、お好み焼きの鉄板、もう死ぬまで練習することもないであろう教則本やビデオの数々。ゴミのようなものでもある人にとっては探し物だったりするんだな。どれも割とすぐに売れる。


 裁いても裁いても、パッと見はモノが減ったように見えない部屋。捨てても捨てても、売っても売っても一向に減ったように見えない。ほんとは楽器とパソコンと車さえあれば他は何も要らないのに。


 新しいものに目がなく、興味を持ったものはとりあえず買ってしまう。それにより、自動的にやることが増え、一応はハマリ性なのでそれなりに使いこなせたりするんだけど、結局時間がないのでどれも中途半端でモノだけが増えていく。典型的な器用貧乏だ。


 使いこなせると書いたけど、そういえば手に入れるものは道具が多い。

 ここは考え方を変えて、絵を買うとか、旅行に行くとか、そういう発想にならないとダメだ。


 写真に手を出したときは良かった。楽しい。どこに行くにも常にカメラを持って撮った写真は自分で現像する。フィルムの値段が高騰したのもあるけど、写真をとらなくなった原因は”人を撮らないと面白くない”。これに尽きる。


 だんだん人が写ってない写真なんかどうでもよくなっていって、かと言って今日日「写真撮らせてもらえますか?」とか聞くと変に怪しまれるし、森山大道みたいに人混みに入っていって、こっそり隠し撮りみたいなこともやったけど、だんだん自分が惨めになってきてやめた。

 そして、今やスマホで結構きれいに撮れたりするので、人の写真を撮るにしてもわざわざ感もないし自然だし金もかからない。


 残るはカメラなのだ。これを手放そうかどうか迷っている。最近はフィルムが密かに復活してきてて、以前ほどではないが36枚撮りの白黒フィルムが400円ぐらいで買える。レンズも沢山集めた。化学っぽいのがよい。科学じゃなくて。


 で、気がつくといつの間にかやはり道具なのだ。


 やっぱり自分の場合、強制的にモノを手放すというのはどうやら必要で、断捨離という行為自体にハマってること自体が、やっと所有するという行為が伴わない趣味になったんじゃないかと思ったりする。がしかし、断捨離が趣味って病気っぽいよなー。


 今日もまとまらない。

 

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